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進撃の巨人・ジョジョをメインに、漫画やアニメの真面目な考察から萌え語りまで
進撃の巨人77話感想
2016年01月11日 (月) | 編集 |
進撃の巨人77話「彼らが見た世界」の感想です。
普段はあまり細かい感想など書かないのですが、今回はどうしても書き残しておきたいことがあったので。

注意:主にマルコとジャン関連の感想になります。

感情的に書いてしまった部分があるので、まずは前提として述べておきます。

①私の一番好きなキャラクターはジャン・キルシュタインです。そしてジャンとマルコの二人(通称親友組)贔屓です。
②進撃の巨人という作品において絶対悪は存在していないし、各々が自らを正義と信じて戦う構図の作品だと理解しています。私自身、嫌いなキャラはいません。
③人類側の104期と山奥(ライナー・ベルトルト・アニ)側どっちもつらいよね、平和な時代だったら仲良くやれたのにね、っていうある種達観した見方は理解できます。むしろ読み方としては正しいと思ってます。

ただ、進行形でどっちに感情移入して読んでるかっていうと私は人類側で読んでいて、加えて自分は根っからの親友組大好き人間なので、どうしても「なぜあんなことを」と山奥に対して厳しくなっちゃうところがあるのです。山奥組は好きだけど、やっぱり親友組の方がもっと好きなんだごめんなさい。

……という言い訳を先にしておきます。別に山奥をバッシングしてる内容ではないですが。
単行本派の方はもちろんネタバレ注意!
それでは追記から。
 
今回明らかになったマルコの死の詳細なんですが、もう本当に色々とつらいです。マルコの表情も叫びも、迫り来るものがありました。

発言に違和感を覚えても仲間を信じて、敵だと分かってもなお話し合えると思っていたマルコ。
彼は直前の戦いにて、ガス欠の恐怖(機動力を失う恐怖)を知っています。巨人がうようよいるこの状況で立体機動装置を失うのは致命的であることを、他の仲間たちの死をもって知っているわけです。
そんな彼が強引に装置を奪われ、巨人が背後に迫ってくるのを感じながら、仲間と信じていた3人に見殺しにされる。最期にみた光景は彼の目にどう映ったのか。

あの瞬間がどれほどの絶望だったのかを考えると、マルコ好きな自分としては「山奥組にも正義・大義があるよね」と分かっていても、ニュートラルにとらえるのが難しいのです……あまりにもマルコ(と後述のジャン)が可哀想で。

聡いマルコは、残された人類の未来のことも間際に思ったと思います。彼らが自分を本当に見殺しにすると分かったと同時に、相手に話し合う気がないと悟ってしまったわけです。
そして彼だけが知ってしまった秘密は、それから1ヶ月経ってアルミンが気付くまで隠されたままになる。人類が反撃に出る未来を知らないまま、マルコ・ボットは「話し合えない」という絶望のうちに死んでしまった。
あの一日でマルコは「巨人に壁を壊される絶望」「ガス欠で壁をのぼれない絶望」「補給所で仲間と協力して困難を乗り切ることができた希望」「エレンが岩で壁をふさいでくれるという希望」を体験していますが、最後の最後は「信じていた仲間に裏切られ、丸腰で敵の前に放置され、話し合うこともできないという絶望」を味わって死んでいったのです。

「あの状況で話し合おうと言うなんて、マルコは真の善人!まじ天使!」なんて感想よりも先に、「なぜマルコがこれほどの絶望を味わいながら死ななければならないのか」という理不尽さに対する怒りが来ました。諫山先生の描く「残酷な世界」が突き刺さりました。

上記のマルコの死に様について、アニがものすごい葛藤を抱いていたことは分かる。
ライナーが人格分裂を起こすほど苦しんでいたことも分かる。
ベルトルトが12巻で見せた涙も嘘じゃないと分かってます。

その罪悪感はすでに十分なほどの罰になっているとは思います。彼らも可哀想な立場だということは重々承知してるんです。が、如何せん自分はジャンとマルコ贔屓なので……。

今回明かされたマルコの最期は、「誰か、誰かコイツの最期を見た奴は……」と言いながらふらふらと歩いていったジャンのあの絶望シーンに見事つながってしまって、マルコの死そのものの悲惨さと相俟って余計もやもやしてしまうのです。
あの3人は、最期を見た奴、どころではなかった。言うなれば山奥3人は、マルコを最期へと追いやった奴、です。

「劇的な死に方じゃない、どんな最期かも分からない」「あいつは誰も見てない所で人知れず死んだんだ」
ジャンがそう語った場にライナーとベルトルトはいたわけで。ジャンがマルコの火葬場で涙をこらえるように調査兵団入りを決意したときもそうです。
そして「骨の燃えカスにがっかりされたくないだけだ」と恐怖に耐えながら語った相手は、親友をあのような形で死に追いやった張本人だった。

また、これは二次でよく見かける話ですが、原作でも十分ありうると思うので付け加えると、マルコの遺体が発見されるまでの2日間のうちにジャンはライナーやベルトルトに「マルコを見なかったか?」と一度は尋ねているはずです。トロスト区戦でずっと一緒だったのですから当然だと思います。
「マルコを見かけないんだがお前ら知らないか」とジャンに尋ねられて、彼らはおそらく「どこかで違う場所で作業してるんじゃないか?」などと適当にごまかしたはず。ジャンはそれを完全に信じていたんだと思います。マルコが死んでいるとつゆも思っていなかったからこその「コイツに限ってありえねぇ…」という反応だと思うので。

現在ジャンは、マルコの死が「間接的に」山奥のせいだと思っているに過ぎない状態です。壁が壊され無知性巨人が街に流れ込んできて…という状況を彼らが引き起こした結果、マルコが運悪く死亡したのだという認識なんだと思います。

しかし今回の回想シーンで明かされたのは、(少なくとも私の)想像を超えた「ほとんど直接的」な手の下され方でした。
はっきり描かれるのは思ったよりつらかったです。仲間と信じていた者たちに装備を奪われ、生きながら巨人に頭をかじられ死ぬなんて、16歳の純朴な少年にはあまりにもえぐい。そのような人生の終わり方を強要したのが山奥3人だった。

だから私は、今回ばかりは「3人もやりたくてやったわけじゃない」という理屈だけで手放しに山奥を擁護できないです……。
何が言いたいのかというと、マルコをああやって殺したこと(あえて殺したと言います)について、山奥も可哀想だから、でおあいこにできない。それだと「何で!?何で!?」と泣きながらアニに訴えていたマルコがさすがに可哀想すぎるし、何も知らずに今まで懸命にやってきたジャンもまるでピエロみたいに思えてしまう。
マルコが「待ってくれ」と言っても山奥は待たなかったし、泣いても喚いても何も聞き入れなかったわけですから。

マルコはあの歳にしては非常に聡明で優しく、最期の言葉からしても「聖人」といっても過言ではないと思います。しかしいくら「聖人」「善人」といっても、マルコだって実のところは一人の一般的な少年だった。
運が悪かったとしか言いようがないのは分かりますが、あのマルコの死に方を見てしまうと、「時代が悪かっただけ」と頭では分かっていても、もやもやしてしまう。装置を奪って放置するというやり方は必ずしも必要でなかったはずであり、あれはある意味ライナーのアニに対する「絵踏み」の強要だったわけなので。気絶させてから放置する、あるいはブレードで即死させるという道もあった。そこに一番残酷な方法をとったことになります。
そしてそのような残酷な方法をとったことが、山奥組の首をしめること(ライナーの精神分裂・アニの罪悪感)につながった。会話を聞かれてしまってマルコを始末するのは戦士として正しい判断だったと思いますが、その方法が悪かったと言えるんじゃないでしょうか。

吹き飛ばされたライナーの顔をみたときの、ジャンの作り笑いと皮肉めいた言い方、彼は相当無理していたと思います。見ているこっちがつらいです。
「俺たちがライナーを殺した」と口にすることであえて自分自身に現実を知らしめ、しかしその直後に涙を流してしまうほど苦しい思いをしている。それもすべて、かつてライナーを仲間と慕っていた情からくるものです。女型戦でライナーが生きていると知り安堵したときの表情なんて、思い返すとつらい。

ライナーとベルトルトとアニが人類の敵だったというだけで心を痛めているジャンが、マルコの死の真相を知ったらどう思うのか?読んでいて、真っ先にそれを考えてしまいました。
マルコは運悪く巨人にやられ人知れず死んだわけではないと、今回読者には明らかになりました。

日頃から兄貴分として慕い、女型戦であれだけ信頼を寄せてたライナーに。
寝相占いなど日常的に交流をしていたベルトルトに。
OVAやアニオリですが、同じ班でたびたび行動し命まで助けてくれたアニに。
親友のマルコがああも残酷に見殺しにされたのだと知ったら、ジャンはどう思うのか?

ジャンが真相を知る日が来るかは分かりませんが、山奥トリオが「ほとんど直接」手を下す形でマルコを死に追いやったと知った場合、「お前らにも色々あるんだよな」と納得してゆるしてくれるとは思えない。15歳であり真っ当に育ったジャンは、さすがにそこまで人生悟ってないはず。
知ったら彼が壊れてしまいそうで怖いです。優しいジャンが親友の死の真相を知って復讐に囚われたり、修復不可能なほど心を痛めてしまうのは嫌です。
知らぬが仏、とはこのことかと思いました。
ジャンはマルコの死の真相を知りたいと思っているはずですが、山奥組には墓場まで持っていってもらいたいです。いつどこで墓場が訪れるか分かりませんが……。

ストーリー全体の感想としては、先月同様ライナーの生死が気になります。やっぱりあれは脳機能を移動させたんでしょうか?あれだけの覚悟をして、殺したと思って苦しんでいるジャンサシャコニーからすると「生きてます!」の繰り返しもそろそろ逆に可哀想になってきた……元同期相手に何回も「殺す」行為をしなければならないのは酷だなと。


語りきれなかった点も多々ありますが、以上がざっくりとした感想になります。

「どっちも可哀想だし、山奥も苦しんでるんだから責めるのは良くない」という風潮が強いように感じる中、このような辺境ブログでなら、その犠牲となったマルコ(とジャン)について書いても迷惑がかからないかな、と思った次第です。
ちょっと自分の考えを整理したくて、あれこれ綴ってみました。

ここまで読んでくださった方、いるか分かりませんがお付き合いありがとうございました。
もしコメント等ありましたらお気軽に拍手・コメント欄からどうぞ!
長々とお目汚し失礼しました。
 
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